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名物社員登場

松井 克直

その2 朝までマニュアルを読み続ける。

松井克直

 40年ほど前、松井がまだ新入社員の頃のことだった。会社が最新の旋盤機械を導入した。当時で20数万円、いまの金額にすれば、1000万円ぐらいはする。その旋盤を、設置して1週間とたたないうちに壊してしまった。最新の機械を導入して、まだ1円もかせぎだしていないというのに、である。使い方がわからず、あれこれいじっているうちに、とうとう壊してしまったのだ。

 新しい機械が入ったとき、松井はとにかくマニュアルを読む。それも半端な読み方ではなく、隅から隅まで徹底して読む。まず表紙から順番に読み始める。途中でわからないことがあれば、先へは進まず、前にもどって納得してから先に進むという読み方だ。だから、読み終えたときは朝になっていた、というのも度々ある。

 あるとき、新しい機械を導入し、そのマニュアルを読み始めた。朝までかかったが、どうしても3ヵ所ほどわからないところがあった。わからないというより、記述内容に納得がいかないのである。次の日、さっそくそのメーカーに連絡をとり、ここはどういうことかという質問をした。メーカーも即答ができず、しばらくたって回答が返ってきた。いわく、マニュアルの記述が間違っていた、というものであった。しかも、メーカーは粗品まで送ってきた。この機械を製作して10年ほどになるが、マニュアルの誤記について指摘されたのは初めてだ、というものであった。

そんなことは、一度や二度ではなかった。新しい機械が導入されると、松井は必ずマニュアルを読む。好きな酒をちびりちびりやりながら。彼が徹底してマニュアルを読むのは、冒頭に記したように、入ったばかりの機械を壊してしまった苦い経験があるからだ、と同僚たちはいう。しかし、それがほんとうの理由なのかどうかは、本人だけしか知らない。